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2009年7月19日日曜日

ドラゴンクエストIXが酷評されている件について(後編)

 前回の投稿では、酷評レビューに対する信憑性について書きましたが総括の意味を込めてもう一度短くまとめておきたいと思います。

 「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」(以下ドラクエⅨ)が酷評されている内容については、多くの人が語っていることからも証明するように大筋で合っているということ。

 行き過ぎた表現があるものの大きくハズレたものはないというのが、自ら試した上でわかりました。

 では、なぜここまで騒ぎが大きくなってしまったのかということについて考えてみたいと思います。
 実際に自分で遊んでみて感じたことは、酷評されているレビューは確かに信憑性があり的を射ているが、必ずしも今回起きた騒動ほどのものであるとは断言しずらいものがある。

 もし、これと同程度の不満で騒ぎとなるならば、他にいくらでも完成度が低く顧客を満足させるだけの代物に到っていないものが相当数あるからだ。

 まず考えられるのは、やはりドラゴンクエストというブランド名。
 かつての実績とメディアを通しての宣伝戦略などによりゲームにさして興味の無い人にまで知れ渡っているという事実。
 
 はずしようが無い本命中の本命、大本命という多大な期待感は計り知れない。
 
 よくて当たり前というのは何もゲームに限らず他の分野にも言えることで、こうなってくると人々の目はいやがおうにも鋭くなる。

 些細なミスや間違いも許されず、わずかなことが仇となる。

 そんな空気が漂っていたのは間違いない。

 そこへきて、あの相次ぐ発売日延長の知らせ、人々のドラクエⅨに対する不安と期待は最高にまで高まりを見せる。

 発売が長引くのは作り込んでいるからだ、いいや手こずっているに違いないなどと噂も広がる。

 そんな不安と期待が入り混じる中で起きたあの事件、はてな匿名ダイヤリーに寄せられた告発文である。

 内容がドラクエⅨのものであるとは断定できないが、告発された時期と内容からみてかなり真実味のある話ではある。

 この話が真実かどうかはともかく、この時期にこれを読んだドラクエファンに衝撃が走ったのは間違いないだろう。

 もはやネガティブなイメージしかなく、不安だけが残ったという感じだろうか。

 さらに駄目押しとも取れるようなことが発売日が近づくにつれわかっていく。(Wi-Fi対応だが追加ダウンロードのみでネットを通じた協力プレイが出来ないことやセーブファイルが一つしかないことなど。)

 しかし、予約までしていた人にとってはキャンセルなんて考えられない、ここまできたら行くところまで行くといったところだろう。

 そしていよいよ発売、いざ箱を開けてみるとなんのことはない普通のゲーム。
すでに普通では済まされない状態になっているドラクエというRPGの王様に一同愕然。
 
 Amazon.co.jp等の酷評という名の火種はそんな彼らの間で瞬く間に燃え広がり、あっという間に大火災。
 
 それが今回のドラクエ騒動の顛末である。

 しかしながら疑問も残る。
 
 たしかにドラクエⅨに対する酷評はあちこちで見受けられた。
 そんな中でも特に激しくAmazon.co.jp内で罵倒されたのはなぜだろうか。
 
 これも知っている方が少なくないと思われるがAmazon.co.jpでは発売前から商品に対する評価や感想を述べることができる仕組みがあり、ドラクエⅨに関することで発売よりもずっと以前から書き込みが絶えず仕方なくAmazon.co.jp側が約300件近くを削除したという話がある。

 このことに関してはAmazon.co.jp側の言い分もよくわかるが、実際に削除されてしまった人からすれば快く思う人はいなかったはずだ。

 ようするに発売前からすでに、ドラクエⅨの内容如何に関わらず火種はくすぶっていたというわけだ。
 
 Amazon.co.jpの書き込み削除に激怒した者がドラクエⅨ発売後にあてつけるような思いでレビューを書き込んでも不思議はない。

 その書き込んだ内容もドラクエⅨを肯定するようなものになるはずもなく、その強く批判ありきな感情のこもった文章を読んで今回のドラクエⅨに幻滅したファンが何も思わないわけがなく、Amazon.co.jp以外のところでも盛り上がりを見せる形になったというのが本当のところだろう。
 
 今回のことを簡単にまとめると、ドラクエⅨというゲームは俗にクソゲーと呼ばれるほどのものではなく、到って普通のゲームに収まっているという点。

 行き過ぎた批判はドラクエⅨの出来そのものだけでなく開発遅延やAmazon.co.jp等の別の要因もはらんだ複合的な要素があること。

 しかしながらドラクエⅨはこれまでのドラクエシリーズの中でも最低の部類に属することはたしかで、ドラクエの看板に泥を塗ったというのは否定のしようがない事実。

 もしこれがドラクエという冠もなく、本シリーズにおける直系でなければ、ここまで大きな話にはならなかったであろうこともまた事実である。

 ようするに今回の騒動はドラクエというあまりにも大きなブランド名が招いた悲劇といえよう。

 最近ではこの騒動も随分鎮静化しているように見受けられる。
 
 発売元であるスクウェア・エニックスが余程へたなことをしない限り再燃することはないだろう。

 
 そしてスクウェア・エニックスには最後に言っておきたいことがある。
 
 
 あの告発文が事実であるとは思いたくないが、もし事実であるならば厳粛に受け止めなければならない。
 
 ゲームというものは本来、同じ創作物である映画や漫画、芸術品に属されるものと共通するものがある。
 
 それはあってもなくても人々の生活には何も支障のないものということだ。
 
 ではなぜ人はこれらのものを欲するのか?
 
 それは感動したいからである。
 
 なぜ感動したいのか?
 
 生活を豊かにしたいからだ、ただしそれは高級品を身につけるだとか、何かを手に入れたいだとかという欲求とは違う。
 
 金だけでは得られないもの、それは心を豊かにしたいからだ。
 
 たしかにゲームであれなんであれ物を買うには金が必要だ。
 
 だからといって金さえ出せば必ずしも感動が得られるわけではない。
 
 人の心を豊かにする、その感動を提供するのがゲーム等の創作物なのだ。
 
 そしてこれは受け売りだが、人の心を感動させることができるのは人の心だけということに気付いてほしい。
 
 堕落した人間の作る物に人々が感動するはずもなく、これまでもそうであったように、これからもそうだということ。
 
 かつての名作、名品が今の世に生きる人をも感動させることができるのは作り手の心が感動させているからに他ならない。
 
 そんな作り手の心が堕落したものであったはずもなく、それこそ誠心誠意、命を賭けて作った作品だからこそである。

 現在すでにドラクエⅩをWiiで発売する予定があるようなので、この次こそは歴史に名を残すような名作を生み出してもらいたい。

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