夏の風物詩である甲子園も終わってしまいましたが満足いく結果になったでしょうか、それとも思わぬところでコケちゃいました?
次に控えるのは衆議院選挙、待ちに待ったというより“待たされた”感が強いこの選挙ですが何だかやる前から結果がここまで見えているというのも珍しいですね。
ようやく圧政から解放されそうです(笑)。(何故かあまり伝えられませんが、ねじれ国会が解消ですよ?)
そんな魔王のようなバラモス政権(?)崩壊を記念する前祝いとして今回はJPRGについて語りたいと思う。
依然として国内で販売されるゲームの主力であり続けているRPGは海外でもJRPGと呼ばれ、良い意味でも悪い意味でも通常のRPGと分けて考えられている。
まずJRPGの特徴を簡単にまとめてみようと思う。
①東アジア特有とでも言うか大抵はアニメチックな表現で人物等が描かれている。
②ストーリーは本筋をひた走る一本道のリニア式。
③時間さえかければ誰にでもクリア可能。
④主要となるキャラクターの大半が未成年。
⑤冷静に考えればバカらしいと思えるようなお約束が多数存在する。
悪い意味でもJRPGと呼ばれると言ったがJRPGの特徴がそのままJRPGへの批判に繋がっているように思える。そこで上記で記したJRPGの特徴から具体的に何が良くないのか一つずつ考えていきたいと思う。
まず①だが、ヘアカラーはまるで信号機のようにカラフルであり、色は系統を表す要素でもある。
赤色で逆立った髪の場合は、まずもって火を自在に操るキャラだろうし、黄色は雷や光で青は水や風(場合によっては緑)といった具合だ。
目は大きく顔全体の3分の1程にもなり、アゴは鋭利な刃物のように尖っている。
よく見れば化け物にしか思えないが、これらの要素が含まれないとダメという人種も中にはおり、それ以外の人にとってはマイナスでしかない。
次に②だが、小さいクエスト等がいくらあってもそれらの先にエンディングはなく、すぐに行き先が途切れる小枝であって本筋にはまったく影響しない。
終盤のちょっとした選択によってだけエンディングが変わるものもあるがそれまでの本筋に違いはないものが大半を占める。
大層遠まわしな言い方で大げさに物語を語られていたりするが、最後のボス一匹を倒すためにその他全てがあるというのが共通した内容。
次に③は、JRPG最大の特徴であり、低スキルな猿でもできる最高の救済措置である。(剣だか如意棒だか知らないが小突き続けていけば強くなるのである。)
しかし始めて5分、10分で終わる(全クリ)というのはバグや仕様でも無い限り達人ゲーマーでも絶対有り得ず多くの時間を誰でも強要されることになる。
必要とされる多くの時間というのがレベル上げと呼ばれる連続戦闘や、おつかいと呼ばれる作業によって消費される。
特におつかいと呼ばれるものはJRPGの全てと言っても過言ではなく、チュートリアル部分から始まり果ては最終決戦まで続くことになる。
JRPGにおいては肝であるこの作業部分を働き蟻か奴隷のようにこなせる廃人を勇者(ツワモノ)と呼ぶ。
続いて④であるが10代前半から後半、現実で言えば中高生が主要な人物として登場する。
そのせいか学園ものがテーマになることも少なくない。
学校に対する不平不満を陳べながらもゲームに限らず漫画や映画といった多くの分野で学園ものが少なくないのが日本の不思議。
縛られるのは嫌だとか言いつつ③でも話したような作業を強要される学校のような空間を望む人が多いからこそJRPGは国内で売れるのかもしれない。(逆に自由度は極めて低い。開発者や評論家が自由度が高いと言っているのは宣伝文句のようなもので口先だけ。)
問題となりそうなのは未成年が敵を殺して金品を巻き上げたり、他人の家や店に勝手に入り込んで略奪紛いのことを平然とやるというもの。
現実では救世主や英雄ではなく窃盗団と呼ばれる部類だと思われるがJRPGではそれが当然のように許されるのである。
これらは社会的常識から見ていかがなものかと思う。
よく見ればGrand Theft Autoとやってることは違わない。(絵柄に騙されてはいけない。)
戦場へ子供を駆り立てるという点も海外では問題になってるようだ。
ゲームの9割は戦争ものと言っても差し支えない、しかし子供が先陣を切って戦うのが当然みたいな世界はJRPGを置いて他にないだろう。
この辺りの認識の甘さというのはMMORPGのサービスなどに見られるようなガチャガチャなどにも現れている。
ギャンブル性の高いものを大人や子供関係なく提供してしまう辺り以前袋詰めのカード販売が海外で問題視されたことへの教訓が生かされていないように思える。
欧米では常識と思われていることが日本へはいつも遅れて伝わってくるものなので日本人の多くがこれらのことを理解するのにはしばらく時間がかかるかもしれない。
最後に⑤であるが、これは多数あるので選別に苦慮するが代表的なものを挙げるとすれば、必ず町の入り口にいるNPCなどがある。
「○○の町へようこそ!」と旅人と断定している口調や何度もバカみたいに繰り返すキュウカンチョウのようなところをツッコミたくもなるがそれは置いといて、何故入り口付近に立っているというだけで唯の町民が勢いよく挨拶してくるのかわからない。(看板だけあればいい。)
これが「永田の町へようこそ!」だとか「歌舞伎の町へようこそ!」だったらおかしいと思うはずだ。(そんな奴いないよな。)
他にはNPCへ話しかけるとそれらしい噂話やヒントを頂けるのだが、その口調とは裏腹に避けては通れない命令事項(イベント発生)である。
その命令(イベント内容)に従った行動をしない限り決して先へは進めない。
時には関所を通るため、時には船を貸し出してもらう為などの交通規制が主な理由。
一番命令してくる可能性の高いのがおじいちゃんNPC。
大抵は長老や村長の肩書きをもっておりときには大魔法使いである。
ちなみに母親NPCは宿屋のおばさんであり大神官同様の完全回復能力がある。
父親NPCは戦士系で長い間行方不明。(既に死んでいるか最初から存在しない場合も少なくない。)
そしておばあちゃんNPCは占い師。(世界かしこに占いババがいる。)
虫の息であるおじいちゃんNPCが「最期に○○が欲しい…」なんて一言でも発したら、それがどんなにくだらないガラクタアイテムであったとしても、その結果がつまらないものであったとしてもイベントが発生した以上、最終的にそれは魔王(ラスボス)打倒にもつながる絶対命令だと受け止めなければならない。
そのラスボスが潜む大型のダンジョンには最大最強のラスボスキラーとも言うべき武器がご丁寧にも放置されている。
武器以外にもこれまで入手してきたモノとは比べようもないくらい極めて優秀なアイテム群がプレイヤーを待っているハズだ。
見事ラスボスを倒すことができればエンディングだが、それで冒険は終わりじゃない1周目より有利な条件で2周目を強要するものや、更にその後の世界を自由に旅する場合はそのうち本編のラスボスより強力な敵の存在に気づくことだろう。
ラスボスの後にさらに強い敵という具合に順序よく強い敵が現れるのもお約束の1つだ。
これらお約束は水戸黄門の始まってから45分以降にならないと印籠出さないみたいなものと同じで普遍の原理。
大いなるマンネリを好む民族性に特化した内容だと思うが最近では流石にそれも限界が見えてきたように思える。
すべてを総括すればJRPGとは、未成年のアニメキャラ(3Dの場合マネキン風)が無駄に時間のかかる一本道のおつかいをこなしながら最後のボス一匹を殺すためのゲーム。
似たようなキャラクターに似たようなストーリー展開にこれまで体験したことがあるような細かいおつかいを挟みながら小ボス、中ボスと順々に倒していき、最終ボスを倒すというのは既にマンネリを通り越してパクリの域にある。
これではいずれユーザーから見放されるのは時間の問題。
JRPGの縛りルールがある限り既存のJRPGユーザーが10年後もJRPGをやり続けているなんてことはありえないだろう。
世代交代を繰り返しながら新規参入を促したところで減ることがあっても増えることはないように思える。
国の政治と同じでJRPGもチェンジしなければならない時期に差し掛かっている。
この転換期にうまく立ち回ることができた開発メーカーだけが10年後もJRPGで成功を収めていることだろう。
その他にも言いたいことはあったのだがそれはJRPGに限らずその他のゲームにも当てはまることなので次の機会にでも書きたいと思う。
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